-------日本における森羅万象、人間感情をふくめての美をあらわす基本思想は「雪・月・花」であり、これこそ日本人が自分の心情を吐露するにことよせたそのものである------- これは、川端康成の言葉であるが、この日本の心をこの上なく切々と画面に描きあげた絵師の一人に歌川広重の名前を落とすことはできない。その広重の名作の一つに「雪」を主題とした保永堂出版の「蒲原夜之雪」がある。この作品程極めて静かなたたずまいを描ききった名作は希有といえよう。日本の風土は四季にめぐまれ、微妙な変化はその時々に日本人の繊細な心をはぐくみ、文学に、絵画に、人間生活と風土の融合した静かな自然を取上げることによって、日本人の感覚でつくりあげた独自な新芸術を誕生させたのである。「蒲原」のしんしんと積もる夜の雪に背をまるめ、とぼとぼと歩みを運ぶ三人の姿態はこよなく詩情をつのらせ、宿場の家並の一つ一つに人恋しさを呼び起こさせる。この有情の世界は、国を越え、世界の見る者に広重の美観とあいまって、親近感と哀愁を強く訴えている。 またこの作品は版画であり、その特性を活かした点に注目すべき貴重な価値を持っている。それは摺自体に画面最上部を墨でぼかしたものと山や人家の上の空間をぼかしたものがある。前者は「東海道」の字に墨がかかるため、後者にあとで直したのではないかともいわれるが、平成元年蒲原町制百周年記念では前者の摺で制作されたのに対し、十二年経過した此の度は、後者の摺を同じ版木で制作することとなった。江戸期の伝統木版技術をそのまま伝習している版元・高橋工房の職方の高度な力量があればこそ、広重の世界を損なうことなくこのようなことが実現できたのである。ここには版画の限りない妙味と興味尽きない制作工程がみられ、浮世絵版画の楽しさをこの両者の摺によって満喫することができ、この企画の価値も記念事業に相応しいものと考えられよう。 |
浮世絵版画は、一度に約200枚が摺られ、最初に摺られたものを初摺という。売れ行きがよければ何度も摺り増しが行われるが、摺りを重ねれば版木は摩滅し、色数が減じられることもあるので、初摺とは大きく趣きを異にする作品も出てくる。初摺は絵師の制作意図が正しく反映されたものであるので、初摺を知る、見る必要があるのはこの故である。保永堂版「東海道」は、短期間に爆発的に売れたのではなく、長い期間売れ続けたのであった。その間に何度も摺り増されたので、保永堂版には摺りの異なる作品が多い。 「蒲原」については、画面上部に一文字に施した墨の「天ぼかし」と、下から上へ向けて墨でぼかし上げた「地ぼかし」の二通りがあって、「天ぼかし」が初摺を考えられている。しかしながら、「天ぼかし」のある作品は数が非常に少なく、「地ぼかし」のほうが多く流布している。「天ぼかし」では雪が止んだ後のほの明るい雰囲気が、「地ぼかし」では未だ雪が降って来そうな雪空の暗く冷たい空気がよく表現されている。「夜の雪」の表現にどちらが適しているかは、見る人によって解釈の分かれるところである。 保永堂版の完結から2年後、天保7年頃の制作と考えられている歌川国貞の「東海道五十三次」がある。そこに描かれる女性の背景は、保永堂版の風景そのままである。人気絶頂の国貞が頭角を現したばかしの広重の作品を流用せざるを得なかったことで保永堂版の好評を証する好材料であり、詳細に調べてみると、保永堂版の初摺といわれる条件を多く揃えている。例えば後版では省かれる「池鯉鮒」のいわゆる「くじら山」があるなど、国貞が初摺、もしくは初摺にごく近い作品を見たことは充分考えられる。その国貞の「蒲原」を見てみると、「地ぼかし」になっており、かなり早い時期に広重の指示によってか、「天ぼかし」から「地ぼかし」への変更が行われたと受け取るべきであるが、或いは「地ぼかし」が初摺であった可能性も捨てきれない。 この国貞の作品についても不祥な点が多いが、「宮」以降では保永堂版を背景に用いずに名所案内記『東海道名所図会』(寛永9年刊)を参考にした企画変更の理由なども明らかになれば、保永堂版について考える上においても、大きな示唆を与えてくれるであろう。 |