 |
父、白鸚は絵が好きだった。いろいろ持っている中で、私が物ごころつくころとりわけ心惹かれたのが、「不動明王」と「裸婦」を描いた一点。あとでどちらも熊谷守一作と知った。父がなぜ熊谷作品に執心したのかは聞き漏らしたが、熊谷役者と言われた父が、まずはお名前に興味を持ち、次にその超然とした骨太な画風に魅了された案外そんなことかもしれない。 私がこの「十二支」を手に入れたのは、十何年か前のことになる。軽井沢に行く度に寄っている追分の骨董店で、あるときこの作品に出遭った。絵を買うなどということは初めてだったが、思い切って(分割払いにしてもらって)買い求め、当時元気だった母に大喜びで見せると、例によって一刀両断。 「印刷でしょ?」 とすましている。私がまさか熊谷作品の本物を手に入れたとは俄に信じがたかったのだ。 |
 |
その母も亡くなって、つい先ごろ、テレビ東京の「なんでも鑑定団」という番組から出演依頼を受けた折に、ふと「十二支」を出してみる気になった。作品が本物ということは勿論信じていたが、しかもきちんと折紙がつき、それが御縁で今回の手摺木版画という企画が生まれたことは望外の喜びだ。 ところで熊谷守一91歳の著作『へたも絵のうち』の中で「絵なんてものは、でき上がったものは大概アホらしい。どんな価値があるのかと思います。しかし人は、その価値を信じようとする。かわいそうなものです」と、達観しておられる。生涯、大作は描かず、秋の展覧会シーズンには、ほかの画家たちの力作大作を尻目に、平気で小品を出品した。美術界ではそれを「天狗の落し札」と呼んだそうだが、私はその落し札を十二枚も持っている。幸せなことだと思う。
(歌舞伎俳優) |
 |