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師・安田靫彦は、遊亀の静物画を「北鎌倉の特産物」と賞賛した―――


「私ね、物みな仏でないものはない、と思っている。ピーマンでも枝豆でも、椿でも梅でも、あ、いいなと思った時は、みな仏さんです」
(『画室のうちそと』昭和58年)


 大振りの鉢に、幾枝かの椿があでやかである。その佇まいは、今を盛りの生命が、深く静かな余白の中で椿という型になって謳歌しているかのようである。
 小倉遊亀の八〇年を超える画業において画伯が精神的に拠り所とする幾人かの男性が存在した。画業の先輩安田靫彦はその一人であり、出会いの日が小倉遊亀の生涯を決した日でもあった。25歳のときその門をたたき、その後の制作活動の行詰りのなかで、「何年かかってもよい。一枚の葉っぱが手に入れば、宇宙全体が手に入る」という師の教えを胸に刻み、研鑽を積んだことはよく知られている。宇宙全体を掌に入れるために、精神の鍛練を重ねて結実した小倉遊亀の静物画は、その安田靫彦をして「北鎌倉の特産物」と言わしめた程のものである。
 「椿など」という含みのある画題に何を込めたのだろうか。晩年は自分の楽しみとして描いていたという画伯の心が、観る者をやさしく包み、おおらかにしてくれる優品である。

小倉遊亀筆「椿など」
伝統手摺木版画
監修
鉄樹

落款・番号入り
限定
330部
価格
450,000円(税別)
証紙(額裏に貼付)
本作品と証紙には遊亀画伯が生前愛用の御印が一点一点押印されます
[作品内容]
版 数
摺度数
54版 116度摺り
用 紙
特漉 越前生漉奉紙
画寸法
37cm x 45.5cm
額寸法
57.5cm x 65.8cm
額仕様
高級天然木特製額
アクリルガラス
鬱金袋・布貼タトウ箱
彫 師
松田俊藏
摺 師
佐々木周山
版元
高橋工房



小倉遊亀●年譜
明治28年(1895)
滋賀県大津市に、溝上巳之助、朝枝の長女として生まれる。 なお遊亀は本名。
大正6年(1917)
(22歳)
奈良女子高等師範学校(現奈良女子大学)を総代で卒業。
京都で教職につき、以降名古屋、横浜で20余年の教員生活を過ごす。
大正9年(1920)
(25歳)
横浜の捜眞女子校講師となる。
大正15年(1926)
(31歳)
第13回院展「胡瓜」初入選、以後落選なし。
昭和7年(1932)
(37歳)
奥村土牛と共に日本美術院の同人に推挙、女性初の同人となる。
昭和13年(1938)
(43歳)
小倉鉄樹と結婚。鉄樹は山岡鉄舟の最後の高弟、臨済禅徒。
昭和19年(1944)
(49歳)
小倉鉄樹死去。
夏より月一回京都大徳寺に参禅に通う。
昭和29年(1954)
(59歳)
上村松園賞受賞。
昭和30年(1955)
(60歳)
芸能選奨美術部門文部大臣賞受賞。
昭和32年(1957)
(62歳)
毎日芸術賞受賞。
昭和37年(1962)
(67歳)
日本芸術賞受賞。
昭和48年(1973)
(78歳)
勲三等瑞宝章受章。
昭和51年(1976)
(81歳)
日本芸術院会員に任命される。
昭和53年(1978)
(83歳)
日本美術院理事に就任。文化功労者として顕彰される。
昭和55年(19100)
(85歳)
文化勲章受章。
昭和56年(1981)
(86歳)
「文化勲章受章記念・小倉遊亀展」を日本橋三越本店にて開催する。
昭和60年(1985)
(90歳)
『椿など』を制作。
平成2年(1990)
(95歳)
日本美術院理事長に就任。
「小倉遊亀展」を日本橋三越本店、大阪三越にて開催する。
平成5年(1993)
(98歳)
「白寿記念・小倉遊亀展」を日本橋三越本店、大阪三越にて開催する。
平成6年(1994)
(99歳)
白寿を記念して、天皇・皇后両陛下より銀杯一組と皇居の梅を下賜される。
平成7年(1995)
(100歳)
3月、満百歳をを迎える。
12月「百歳記念・小倉遊亀展」を日本橋三越本店にて開催する。
平成8年(1996)
(101歳)
4月、日本美術院名誉理事長となる。
平成9年(1997)
(102歳)
5月、「百二歳の芸術・小倉遊亀展」を日本橋三越本店にて開催する。
平成11年(1999)
(104歳)
パリ・エトワール三越にて「小倉遊亀展」開催。
平成12年(2000)
(105歳)
7月23日、105歳で逝去。従三位に叙せられる。
平成13年(2001)
4月、滋賀県立近代美術館にて「小倉遊亀回顧展」を開催。
平成14年(2002)
「小倉遊亀展」
8月20日〜10月6日 東京国立近代美術館
10月19日〜11月24日 滋賀県立近代美術館にて開催予定
(主催 東京近代美術館 滋賀県立近代美術館 朝日新聞社)